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東京地方裁判所 平成7年(ワ)15310号 判決 1996年3月28日

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金二九八六万四〇三六円及びこれに対する平成七年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1、2及び3の事実については、当事者間に争いがない。

2  請求原因4について

(一)  《証拠略》によれば、原告が、平成七年三月一三日、被告会社に対し、その留守番電話を通して本件賃貸借契約一及び同二を解約する旨の意思表示をしたこと、原告が、同年六月九日、被告会社に対して賃借部分を引渡す旨通知し、被告谷田を通じて同月一四日に原状回復の確認と本件保証金の清算をすることを了承する旨回答を受けたが、同日同被告から右確認等を延期するように要請があったことを認めることができ、その余の事実については、当事者間に争いがない。

(二)  被告は、原告のした原状回復工事のうち、トイレ床部分及び入口付近のパーテーション等が不完全であると主張する。

なるほど、《証拠略》によれば、本件建物の賃借部分である二階及び三階のトイレ及び洗面所の床部分に汚れが残り、同二階及び三階のパーテーション部分に一部損傷があることが認められる。しかしながら、これらの損傷等が賃借人として社会通念上通常の方法による使用に伴い生じうる減耗、汚損等の範囲を超えるものとするにはなお疑問があるのみならず、証人西原昭彦の証言並びにこれにより真正に成立したものと認められる甲第八号証の一及び二によれば、原告は、本件建物の各賃借部分について、その原状回復のための工事を専門業者に依頼し、業者において修復を要する工事を指定して見積もった上、請負代金二八七万円で床面のビニールタイルの張替工事等の修復工事を完了したこと、トイレの床については、原告は、賃借人として社会通念上通常の方法により使用していたものであって、その張替工事はしていないものの、業者によってクリーニングをしたこと、また、右パーテーションについても、あらかじめ設置されていたもので、原告は何ら改造等を施すことなく、賃借人として社会通念上通常の方法により使用していたものであり、業者によって塗装工事をしたことが認められ、これらの事実によれば、原告は、本件建物の賃借部分について原状回復義務を尽くしたものということができる。

3  請求原因5について

(一)  被告朝田が被告会社の代表取締役として、被告谷田が被告会社の監査役として、被告会社の業務を執行する上において、本件各賃貸借契約を締結したことは、当事者間に争いがない。

(二)  原告が賃借していた本件建物の二階及び三階部分は、もと訴外キミが所有していたが、同人が平成元年五月五日に死亡したことにより被告谷田が相続し、被告会社が事務所として利用している同一階部分は、被告朝田が相続し、また、同四階及び五階部分は、本件建物建築当初から被告朝田が所有していること、本件建物の敷地(三筆、合計一四九・五八平方メートル)は、訴外キミの所有であったが、相続により被告朝田と被告谷田が二分の一ずつ共有し、また、被告朝田と被告谷田が居住するマンション(鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付五階建、居宅共同住宅)も、その敷地を含めて、被告朝田と被告谷田が所有していること、被告会社は、被告朝田が代表取締役、被告谷田が監査役を務めているが、他に従業員もおらず、平成二年ころから業務を停止していることは当事者間に争いがなく、さらに、前記のとおり、本件旧賃貸借契約は、当初訴外キミとの間に締結されたものの、その後被告谷田を経由して被告会社との契約に切り替えられていること、これらの事実に加えて、《証拠略》によれば、被告会社は、格別の資産を有さず、被告朝田と被告谷田がその代表取締役又は監査役として、専ら同被告らの所有する不動産を管理することを業としているものということができる。

(三)  右認定事実によれば、被告朝田と被告谷田は、被告会社の資産状況に照らして原告が差し入れた本件保証金を返還することが不能又は著しく困難となることを知りながら、被告朝田においては、被告会社の代表取締役としての業務を執行する上において、原告に対して、被告会社の資産状況について何らの説明もせず、かつ、保証金返還債務につき保証人も付すなどその履行を確保するための措置をとらずに、本件建物の二階部分についての賃貸人を被告会社に変更するとともに、三階部分について本件賃貸借契約二を締結したものであり、また、被告谷田においては、被告会社の監査役として被告朝田の右業務執行について監視義務を怠り、もって被告会社において本件保証金を返還することを不能又は著しく困難ならしめ、原告は、右各任務懈怠行為によって、返還を受けていない本件保証金相当額金三〇〇五万九一〇〇円の損害を蒙ったものということができる。

4  請求原因8について

債権者は、金銭債務を目的とする債務の履行遅滞による損害賠償として、債務者に対し、特段の事情のない限り、その賠償を請求するために要した弁護士費用を請求することはできないと解するのが相当である。

本件において、被告会社が原告に対して負担する本件保証金の返還債務について、特段の事情を認めるに足りる証拠もないから、原告が被告会社に対して弁護士費用の賠償を請求することはできないというべきである。

また、取締役又は監査役がその職務を行うにつき第三者に対して負うべき損害賠償責任は、法(商法二六六条ノ三、二八〇条)が取締役又は監査役の責任を加重するために特に認めたものであり、右責任が不法行為責任と競合するような事案においては格別、会社が金銭債務を目的とする債務の履行遅滞による損害賠償の責めを負う場合において、取締役又は監査役の任務懈怠が与っているときは、かかる損害は金銭債務の不履行に準ずべき場合として、原則として、弁護士費用の賠償を請求することはできないというべきである。

本件においては、被告会社の代表取締役である被告朝田及び同監査役である被告谷田の任務懈怠行為は、被告会社が負担する保証金返還債務の履行に関するものであり、それによって保証金相当額の損害が生じたというものであるから、原告が支出した弁護士費用は、被告朝田らの右任務懈怠行為と相当因果関係の範囲内にある損害とはいえず、この点に係る原告の損害賠償請求は理由がない。

二  抗弁について

抗弁1の事実は、当事者間に争いがなく、同2については《証拠略》によって認めることができる。

したがって、被告らは、被告会社が原告のために立替払いした公共料金(電気料金及び水道料金)の合計金一九万五〇六四円を前記の認定に係る保証金返還債務又は損害賠償債務金三〇〇五万九一〇〇円から控除した残額である金二九八六万四〇三六円の支払義務を負担する。

三  結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、本件保証金返還債務又は取締役若しくは監査役の損害賠償債務として金二九八六万四〇三六円及びこれに対する保証金返還債務発生日の翌日である平成七年六月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 門口正人)

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